グリーンジャンボ宝くじ
高額当選必勝祈願で
東京都中央区日本橋
福徳神社に参拝

2017年度グリーンジャンボ宝くじ高額当選必勝祈願で、宝くじ発祥神社の一つである、東京都中央区日本橋室町にある福徳神社に参拝致しました!
福徳神社は、江戸時代に富くじの発行を許された、数少ない社寺の一社です。
徳川家康が何度も参拝に訪れていて、テレビや雑誌で非常に有名な宝くじ開運神社ですね。
二代将軍徳川秀忠が参詣したところ、「福徳とはまことにめでたい神号である」と賞賛され、鳥居に春の若芽の萌え出でたのをご覧になり、別名を「芽吹稲荷」と名付けたそうです。
江戸時代から続く宝くじ開運神社という事でグリーンジャンボでも期待が膨らみます。
東京駅からほど近い、コレド室町の裏側の、ビルに囲まれた一角に福徳神社はあります。
江戸幕府以前は太田道灌公を合祀し、その兜・矢・鏃などが奉納されたそうです。
福徳神社は武将の信仰が厚く、源義家朝臣が深く崇敬されていた事が伝わっています。
富籤(宝くじ)祈願の作法です。三宝の上に宝くじを乗せ神楽鈴でお祓いをするようです。
江戸時代には弁財天を合祀し、財宝を施す福の神として信仰されるようになったそうです。
気合を入れてお賽銭を奮発し、二礼二拝一礼をして宝くじ大当たりのお願いを致しました。
福徳神社の創祀された時は明らかではありませんが、貞観年間(859~876年)には既に鎮座していたようです。
武蔵野の村落である福徳村の稲荷神社として祀られ、その地名をとって社号としました。
社地は広く社殿も宏壮で、社の四隣は森林、あるいは田畑に囲まれ農家が散在する片田舎でした。
土地の人は神社の森を稲荷の森、その森の一端に建てられていた里程標を「稲荷の一里塚」と呼び親しんでいたそうです。
明暦三年酉年(1657年)の大地震により、一里塚は崩壊してしまいました。
当時の人々は、この散乱した碑石の残存した破片を集め保存したと考えられています。
福徳神社は武将の信仰があつく、源義家朝臣が深く崇敬されていたことが記されていた、と伝わっています。
江戸幕府以前には太田道灌公を合祀し、その兜・矢・鏃などが奉納されたと伝わっています。
天正十八年(1590年)に入府した徳川家康公は初めて参詣され、その後参詣は数度に及びました。
さらに、二代将軍秀忠公は慶長十九年(1614年)に参詣し、「福徳とはまことにめでたい神号である」と賞賛されました。
この時、鳥居に春の若芽の萌え出でたのをご覧になり、当社の別名を「芽吹神社」とされました。
元和五年(1619年)に御城内の弁天宮を当神社に合祀するにあたり、将軍自ら神霊を納められ大和錦の幌を奉納され、社地縄張を三百三十坪と定められました。(福徳神社HPより)
東京都中央区日本橋室町2-4-14
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