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平成24年1月3日
深川七福神めぐり
| 去年に引き続き、開運★当り隊は年始からご利益頂戴です。 |
| 東京都子江東区の「深川七福神巡り」を行ってまいりました。 |
| 今年一年の御利益をかなり頂いて来た気が致します。 |
| 宝当神社の御利益と合わせれば、必ずバラ色の人生が待っていると思います。 |
| 開運★当り隊では毎年始の行事として、各地の七福神めぐりを行っていく予定です。 |
| 今年も宜しくお願い致します。 |
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七か所巡ると七福神が勢揃い。
額縁にお飾りして開運招福を祈ります。
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恵比寿天 | |
福徳…愛敬 安置…富岡八幡宮 恵比須神は、富岡八幡宮境内の西側にある恵比須宮に奉祀されています。 エビス神は、イザナギノミコトの第三子にあたる蛭子尊であるといわれ、全国のエビス信仰の中心は兵庫県西宮市の西宮神社です。一説によるとエビス神は、大国主命の子にあたる事代主命で、釣好きの神であるといわれています。また鯛の故事にちなみヒコホホデミノミコトともいわれます。 エビス神は烏帽子をかぶり、狩衣を着て、右手に釣竿を持ち、左手に鯛を抱き、岩の上に座った姿をしておられます。最初は、航海安全の神として信仰されてきましたが、のちに商売繁盛の神として、ひろく信仰されるようになりました。エビス顔といわれるように、笑顔愛敬、和顔愛語の福徳を人に授け、かつ富財の神として、信仰されてきました。また釣り関係の人々の信仰もさかんであります。一月十日を初えびす、十日戎ともいい、九日を宵戎、十一日を残り戎といって、西宮神社を中心として、関西にさかんであります。
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弁財天 | |
福徳…芸道富有 安置…冬木弁天堂 冬木弁天は、以前大きな池のある材木豪商冬木家の邸内の弁天堂に安置されていました。現在は境内が狭くなってしまいました。 弁財天は、インド名をサラスバティという川の名、意訳して、大弁天、美音天といわれこの川の神が、悪声を変じて美声に変える音楽の神、芸術の神でした。仏教の神となり、才智弁舌の神とされ、最勝王経に説かれているように、「もし財を求むるならば多財を与える」とあります。わが国では、弁才天より弁財天として、財宝を施す福の神として信仰されるようになり、商売繁盛の富有の福徳を授け、芸道音楽の仏神として位置づけられ、池、川、沼、湖などに多く祀られ、蛇が神使とされてきました。また、同経に、弁財天は、智慧、延命、安楽を与えるととかれています。 江の島、竹生島、厳島の弁財天が、昔から有名であり、お姿は、女神、白色の美顔、頭に宝冠、一般には青色の衣を着し、左手には琵琶を抱き、右手でこれを弾いている座像が多いのですが中には八臂、各手にいろいろな器杖を持っています。 正月最初の巳の日を昔から初巳、初弁天として弁財天への参詣者が多く、巳成金という海運のお守りをうけ、これは金持ちになるというならわしであります。 弁財天を宇賀神として信仰しているところもあります。 |
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| 途中で寄った閻魔大王様です。 |
福禄寿 | |
福徳…人望福徳 安置…心行寺 福禄寿は、心行寺の六角堂に安置されています。 福禄寿は、星宿の神、南十字星の化身ともいわれて、長寿をつかさどる人望福徳の福神であります。一説には、中国の宋の時代、嘉祐年間(1056年〜)に実在した道士であるといわれています。 福禄寿は、背たけが低く、頭がきわめて長く、白髪童顔の姿をし、年齢数千年といわれ長寿をつかさどる福神、杖を右手に、左に長命の鳥、鶴を従え長命と円満な人格を人々に授ける福神であります。また福(幸福)と禄(財)と寿(長命)の三つの福徳を授ける神ともいわれてきました。 |
大黒天
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福徳…有福蓄財 安置…円珠院 大黒天信仰には二つの流れがあります。一つは、大黒天を大国主命とする流れ、これは多く神社に祀られています。もう一つは、インド名をマハカーラという仏神の大黒天、これは多く寺院に祀られています。 円珠院に安置されているのは、仏神の大黒天です。インドのシバ神が、悪神を退治した神話から、仏教に取入れられ、摩訶迦羅天すなわち大黒天となり、夜叉荼吉尼衆を降伏する大日如来の化身となり、忿怒の戦闘神の姿をしていました。ところが大黒天はしだいに招福の神となり、忿怒の相が、笑顔の姿になり、台所財宝糧食をつかさどる大黒天となりました。 わが国でもっとも古い有名な大黒天は、比叡山の出世大黒といわれる三面六臂の大黒天です。正面が大黒天、右面が毘沙門天、左面が弁財天、これは大黒天が、降魔と施福の二つの面を持っているのを表したものです。その後は、大黒天は施福の一面のみが、強調され信仰されるようになりました。 大黒は大国に通じ、大国主命に結合して福神の形となり、烏帽子、狩衣をつけ、右手に小槌をかざし、左手に大きな袋をかつぎ、米俵の上に座すようになりました。小槌と袋は限りない財宝糧食を蔵していることをあらわし人々に財宝を授ける福神であります。米俵に縁のあるところから、鼠は大黒天の神使になっています。子の日、特に甲子の日は大黒天の祭日となっています |
毘沙門天 | |
福徳…勇気授福 安置…龍光院 毘沙門天はインド名バイスラバンナ(ベイシラマダヤ)の音写で、もともとヒンズー教の財富の神であったクヴェーラ神が仏教に取り入れられ、仏神となったものです。経典によると、毘沙門天は四天王(持国天・増長点・広目天・多聞天)の随一として須弥山の中腹に住み、大勢の夜叉や羅刹を率いて北方を守護しています。常に仏の道場に在って多くの法を聞き、あるいはその福徳の名声が遠く十方に聞こえることから多聞天と訳され、また財を授けることから施財天ともいわれます。その姿は、身に甲冑をつけ、左手に宝塔を捧げ、右手には三叉戟(三つまたの鎗)を持ち、忿怒の形相で邪鬼を踏みつけ毘沙門立ちをしています。 毘沙門天はわが国では仏教守護から転じて、国土守護の武神として、とくに武将の間に信仰されるようになりましたが、中でも上杉謙信が毘沙門天を守護神としてあがめ「毘沙門の申し子」といわれたことや、志貴山の毘沙門天に祈願してうまれた楠正茂が、幼名を多聞丸と名づけられたことなどは、あまりにも有名です。 また毘沙門天は護法と施福を兼ねる仏神として、七福神の一神にも数えられ、民衆に勇気や決断力を与え、財福を授ける福神として広く信仰されています。 |
布袋尊 | |
福徳…清廉度量 安置…深川稲荷神社 布袋尊は、中国五代のころ、浙江省奉化県に実在した契此という高僧といわれています。大きな袋を持ち、これに食べ物や日常品を入れ、杖をたずさえ、大きな団扇を手にし、身体は低いが、腹は太鼓腹、半裸身、粗衣をまとい、常に笑顔、清貧にあまんじ、諸国を遊行し、子供と遊び、酒脱、楽天的な和尚として親しまれてきました。また人の吉凶、時の晴雨を予知したといわれました。後梁貞明二年(916年)三月三日、高齢をもって寂したが、年齢は不詳とされています。 中国において、布袋尊を弥勒菩薩の化身として、一般に信仰せられ、画像に描き、彫塑に刻まれ、あるいは置物として、ひろく親しまれるようになり、わが国に伝来し、清廉潔白、大気度量を人々に授ける福神として、禅画や置物までなって親しまれ、信仰されるようになりました。 仏法を永く護る羅漢として十六羅漢がありますが、それに布袋村を加えて十八羅漢とすることも古くからおこなわれています。 |
寿老尊 | |
福徳…延命長寿 安置…深川神明宮 寿老神は、寿老人とも書き、中国道教の神であります。また中国の老子の化身の神ともいわれています。 寿老神は、白髪長寿の老人の姿をして、杖を手にし、杖には人命の長寿を記した巻物を吊し、鹿を伴っています。鹿は、長寿を司る寿老神の神使とされています。寿老神は、人に延命長寿の福徳を授ける福神として、信仰されてきました。
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七福神巡りは文化文政の頃から各地で特に盛んになり、人々に親しまれてきました。
全国でも多くの七福神がありますが、なかでも深川七福神は、東京の七福神として有名で、周辺に史跡旧跡が多いうえ、下町情緒にふれながら巡ることができる、ということで人々に人気があります。
特に正月のご開帳の際は色紙・笹・鈴の授与があり、数多くの参詣者が訪れます。 |
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最後に両国駅から見た
東京スカイツリーでした。 |
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